トビウオ読書日和

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PayPayの20%還元はノーリスクの資産運用!?

PayPayが100億円還元キャンペーン第2弾を発表し、話題となっています。支払金額から20%が還元されるキャンペーンです(上限1000円)。興味を持って実際にやってみました。

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20%還元されました!

 

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↑10回に1回全額還元!!100円全て還元されました!!

 

やってみると支払いも簡単ですし、何よりお得感があります。でもQRコード決済って正直なところ…

電子マネーとかクレジットカードと同じだな…。電子マネー、クレジットカードと何が違うんだ!

今回はPayPayについて考えてみましょう!

電子マネー決済とQRコード決済との違い

調べてみると大きな違いは

【客】財布なしでスマホで決済

【店】初期費用や手数料が安い

 

店舗側のメリットも大きいようです。これまでは初期費用や決済手数料の問題で電子決済を導入できなかった店舗も多くありました。しかしQRコード決済を導入するのは手数料・設備の面で壁が低いようです。ですからこのQRコード決済の導入店が増え、日本の低いキャッシュレス率は上がっていくのではないでしょうか。

 

ポイント還元は資産運用!?

でポイント還元について考えたのは

・  PayPayで支払い1000円還元される

・  資産運用で1000円の運用益を得る

この2つは同じなのかな?違うのかな?ってことです。

 

例えば

資産運用

CMなどでおなじみのポケトークを販売しているソースネクスト(株)の株を資産運用したと考えます。 

①  株価500円で100株購入

②  株価515円で100株売却

すると、1500円の利益、税金と売買手数料を差し引いて約1000円の利益となります。これは資産運用ですから、当然リスクが伴います。500円で買った株が490円に下がるかもしれません。

 

PayPay

しかしPayPayのキャンペーンを利用して、普段から購入しているものを合計5000円相当購入したとしましょう。すると20%の還元ポイント1000ポイントがもらえます。しかもこれにはリスクが伴いません

 

資産運用をする際は常にリスクが付きまといます。しかしながら20%還元キャンペーンというのはお得こそあれ、リスクはありません。これって美味しいことだと思うのですがいかがでしょう。

・有望株を見つけて買う

・PayPayに登録して決済する

もちろんPayPayでお金が増えることはありませんが、この2つの行動は比べてみると面白いです。

 

でもPayPay残るのはお金ではなくポイントじゃないか!

PayPayのキャンペーンでは、アプリ内に還元分が付与され「残高」が増えます。資産運用では「お金」が増えます。

しかし今の世の中、「お金」というものは何なのかと疑問に思うことがあります。例えば、銀行口座に振り込まれた給料。これって「お金をもらった」というより「通帳の数字が増えた」というイメージではないでしょうか。現金手渡しの方は違うかもしれませんが、もはや給料すらも通帳の数字が増えるだけ。しかもそれを現金化して支払うのではなく、クレジットカードや電子決済で数字のまま使うことも多いです。これってポイントをもらってポイントを使うのとほとんど同じですよね?

 

まとめ

やや飛躍していたり、冷静に考えたら「当たり前だよね」という考えだったかもしれません。しかしこのPayPayのキャンペーンで「お金」というものの変化を考えさせられることとなりました。

ポイント還元があるからといって、普段買わないものを買ってしまったら本末転倒です。無駄遣いには注意しつつお得に利用していこうと思います。

 

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世の中に影響力があるのは強い

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トランプ大統領はすごい!

テレビやスマホを前にしてこう思うことがあります。トランプ大統領ツイッターを更新すれば、発言1つで世界中の政治や経済、株価が動きます。すごい!というかグウの音もでません。

 

今も、中国との貿易摩擦、メキシコとの壁の問題に関して呟くだけで日本経済、世界が振り回されている状況です。いい意味でも悪い意味でも、これってすごいことだなと痛感するわけです。

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ちなみに日本のTwitterフォロワー数1位は有吉弘行さんで約700万人Instagramフォロワー数1位は渡辺直美さんで約860万です。さすがに世界経済が…という訳にはいきませんが、少なからずお二人には影響力があります。

 

その一方で自分は…

と比べるものでもありませんが、やはり何かを発信しようと思ってもなんの手段もないことに気付かされます。たとえブログで記事を書いても、ツイッターでつぶやいてもほとんど目にもつけられずに終わるのが関の山でしょう。まあ当然と言えば当然です。

ですが、これは世の中に訴えたい!伝えたい!知ってもらいたい!ということがあったとき、その手段を持っていないというのは弱いと思います(立場的に)。もしそれができるのなら幸せなことだな、そんなことをふと考えたことがあります。

 

しかし

周りを見回すとブログでたくさんの方に情報を発信できている方もいます。人気なブログを見てみると子育てのことやおススメの本などを多くの人に発信されています。自分の考えや有益な情報を多くの方に、少なくとも自分よりはかなり多くの方に伝えることができています。自分が目指したいのはこういうことだなとしみじみと思うのです。

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SNSの投稿によって様々な問題が起こっています。不適切動画や情報漏洩、いじめ問題など…連日SNSがらみの報道は絶えません。SNSは怖い!けしからん!という印象も持たれかねません。もちろんネット上であるからこそ配慮が必要なこともあります。しかしこれは、SNSを使う側の問題であって、SNSそのものは大変な可能性を秘めるものです。

SNSの発達によって

今は自分のような一般人にも、考えを発信することが許された有り難い社会です。使い方には充分に気を付けつつも、細々と自分の考えを自分の言葉で発信していきたいものです。

 

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人手不足社会とルンバ

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皆さんの職場は人手が足りているでしょうか。

2018年の平均有効求人倍率は1.61倍

求職者1人につき1.61件の求人があることになります。

つまり多くの業種が働き手を求めている状況です。

 

ちなみにリーマンショック後の2010年の有効求人倍率が約0.5倍(2人に1件しか求人がない)ですので、今がらどれだけ職場に人材を求めているかがよく分かります。

 

しかし

色々な業種で「人手不足」が叫ばれている中で、「どうしようもない」「全く会社が回らない!」という訳ではないのではないでしょうか。どの職場も苦労しながらもなんとかやっているのではないでしょうか。

 

一人一人が

工夫して仕事の効率をあげたり

機械化したりしてなんとかやっているのではないでしょうか。

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世の中に目を向けてみると

スーパーでもルフレがあったり、店頭にロボットのペッパー君がいたりします。また2018年1月22日には、Amazon が提供するAmazon Goという無人のコンビニが、アメリカ・シアトルにオープンしたそうです。

このように、社会の人手不足を救う様々な救世主が生み出されているのです。

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ここで我が家に目を向けてみると

共働きである我が家の人手不足を救う救世主がいます。今やおなじみロボット掃除機「ルンバ」です。

先週購入し、1週間使いましたが、出勤前にボタン1つで帰宅後は綺麗に埃や髪の毛を掃除してくれています。

ルンバ購入のきっかけは、「仕事で疲れて帰って掃除なんてイヤッ!」という単純な動機です。ここで思い出したのが、これまで気にも留めなかったお掃除ロボットです。

「どうせお高いんでしょ…」

そう思いながらもAmazonで検索してみると、少し古い型だと3万円程で購入できそう。

いつだったか「古い型でも初発売から年月が経っているものはある程度の技術が高まっている」という文章を読んだことを思い出し、ルンバについて調べる。

ルンバが初めて発売されたのは

2002年9月(アメリカ)

だそうで、それから17年経っているので古い型でも主要な技術はかなり進んでいると勝手に判断。購入に至りました。

 

最新のルンバを使ったことがないので比較できませんが、かなり満足できる性能でした。

掃除も出勤前にルンバのボタンひとつ!

我が家の人手不足の救世主は「ルンバ」です。

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現代の「君主論」!慕われるリーダー、恐れられるリーダー、どっちがいい!?現代社会に通じるリーダー論

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「リーダーとしてどうあるべきか」

「部下(後輩)にどう声をかけるべきか」

一度は考えたことがあるのではないでしょうか。今回はリーダーとはどうあるべきかを説いたマキャベリ君主論をご紹介します。

君主(≒リーダー、上司、先生etc)が、どういった心構えで集団をまとめていけばいいか、この悩みの解決の一助となることでしょう。

本書が書かれた時代と背景

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マキャベリ(1469年~1529年)

フィレンツェ、今のイタリアに生まれ

15年に亘る官僚生活の末、43歳で失職。1513年、44歳の時に当時の国王に自分を再登用してもらうために、君主としての心構えを表した本書を献上した。

再就職のために書かれたというのは意外ですが、15年間の官僚生活には多くの金字があり、そこで学んだこと、考えたことが、本書の中に多くの具体例とともに紹介されています。


現在社会にも通じる『君主論

上記のように『君主論』は、戦乱のヨーロッパで書かれたものですから、確かに現在にそっくりそのまま取り入れるのが憚られるものもあります。ですが、現在社会にも通じる教訓が大いに詰まっていることも気付かされます。今回は以下の二点をみてみます。


⑴慕われるより恐れられる方がいい

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本書で次のように問われます。

恐がられるよりも慕われる方がいいかあるいはその逆がいいか(17章)


「慕われる方がいいな」と思われる方も多いのではないでしょうか。なかなか「恐がられる方がいい」とはならないですね…。

しかし本書では

「恐がられる方が慕われるよりもはるかに心配がない」

と紹介されています。どうして恐がられるほうがいいのでしょうか?

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なぜ慕われるより恐れられる方がいいか

①慕われていてもいざとなればたちまち離反する

②畏怖の心は刑罰の恐ろしさによって存するものだから、けっして忘れられはしない


つまり

いざというとき、恐ろしい君主は裏切られないが、慕われているだけの君主は簡単に裏切られる。人間ってそんなものです。だから慕われるより恐れられる君主の方がいい。


というわけです。悲しいですが、確かにそう言われるとそうかもしれません。ただしマキャベリはこうも続けています。

 

慕われずとも憎しみだけは受けないようにしなければならない(17章)

 

⑵君主は情を重んじるべきか

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いいリーダーは、情に厚く、徳を重んじるイメージがあります。しかし、マキャベリのいう君主はそうではありません。

君主として必要なのは、その身を保ちたいと思えばよからぬ人間にもなれる術を会得しておき、必要に応じてこれを使ったり使わずに済ませたりすることである。(15章)

君主はどうしても十分に獣心を使いこなす必要があるのだから、狐と獅子との二役を演じるように努めなければならない。(15章)

というのです。

狐…賢明さ、狡猾さ

獅子…強い存在

この二面性を持ち合わせ、上手に使い分けることの大切さを説いています。注目すべきは、狐の「狡猾さ」です。これについてマキャベリは例を挙げて説明しています。

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マキャベリの住むフィレンツェに対して反乱軍が反乱を起こしたことがありました。当時の王は、反乱軍が和睦を望んでいると知ると、反乱軍隊長と確執のあった腹心のロルカを処刑し、一部の軍隊を撤退させます。

これまで信頼して重用してきたロルカを処刑までしたのを見た反乱軍隊長たちは、和睦を認めてくれたと安心し、領土の一部を王に贈り、王の城に和睦のために訪れます。これで和睦が成立したかのように思いましたが、ここでなんと王はこの反乱軍隊長たちを全員処刑していまいます。


この王の名はチェーザレといい、マキャベリが名君主として紹介しています。この例にあるように目的のためには手段を選ばず、冷徹なことをしたとしても民衆を守ったチェーザレを賞賛しているのです。


この話を聞くと、少しやりすぎだなと思うところもあります。なにしろ戦乱の時代の話ですので…。目的の達成とはいっても1人を犠牲にしていいことはありません。現在ならあってはならないことだと思います。ですが、狐(賢明、多少の狡猾さ)と獅子(強さ)を使い分けるというのは頷けます。複雑な社会、人間関係の中を生きる私たちですから、多少の狡猾さも使い分けながらリーダーを務めるのも大切なことでしょう。


理想のリーダー論は

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ここまで見てきたのは今から500年前に書かれたリーダー論です。時代の流れにも関わらず今に通じるところが多くあるということはこれまで見てきた通りです。

今は従来の支配型リーダーシップに加え、サーバントリーダーシップ(リーダーが相手に奉仕し、相手を導く支援型リーダーシップ)など調べてみると多くのリーダー像があることが分かります。

リーダーはこうでないといけないと決めつけるのではなく、自分に合った、自分はこうなりたいというリーダー像を見つけ、それを実践していきたいものです。

 

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仕事に潜む時間泥棒「灰色の男たち」を探る <ミヒャエル・エンデ『モモ』>

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先日の記事で2018年中にどうしても読んでおきたい本を紹介しました。

そのところ、りんご (id:ringonomiganaruki)さんとid:ai-appleteaさんのお二人におすすめしていただきましたので『モモ』を早速読むことにしました。

児童文学とはいえ400ページの大作で、少し時間がかかりましたが、大変夢中になって読むことができました。本作の主題である「時間」「多忙感」「心のゆとり」などについて現代の生活の中に当てはめて考えてみましょう。

あらすじ  ※ネタバレ注意かも

町はずれの円形劇場に住み着いた浮浪少女のモモ。彼女には不思議な力がありました。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、悩んでいてもイライラしていても幸福な気持ちになるのでした。

ある時から時間泥棒である灰色の男たちが現れ、人々から時間を奪っていきました。時間を奪われた人々はゆとりがなく日々を機械的にただ効率よく過ごすだけに。大人たちはセカセカ、イライラとすっかり変わってしまいました。それを悲しんだモモが本来の時間を取り戻すべく、仲間とともに時間泥棒たちに立ち向かうのです。

 

考察のポイント

この作品が、時間効率を過剰に重視した社会を風刺していることは作品を一読して明らかです。確かに自分も仕事をしていても効率よく無駄なくこなすことを第一に取り掛かっているかと思います。そして効率を求めて仕事をしている間は他人(同僚)との血の通ったコミュニケーションはあり得ません。本作はそういった状況に警鐘を鳴らしているように思いました。

では、自分にとっての時間泥棒「灰色の男」の正体は何なのでしょうか。まず、「灰色の男」ら登場人物の特徴をまとめてから、考えてみようと思います。

 

灰色の男や大人たち、モモの特徴

灰色の男に時間を奪われた大人は効率を重視し、無駄を極度に嫌う

灰色の男は人間から奪った死んだ時間を使って生きている

モモや子どもたちは灰色の男に時間を奪われていない

 

現代の「灰色の男たち」の正体は

この灰色の男の正体を考える上で、主人公モモについて少し見てみます。本書に載ってある大島かおりさんによる「訳者のあとがき」に次のようにあります。

主人公のモモは、年齢も素姓もわからない浮浪児です。ほんらい、現代のように完全に組織されてしまった社会は、浮浪児というものの存在を許しません。ですからここではモモは、管理された文明社会のわくの中にまだ組みこまれていない人間、現代人が失ってしまったものをまだゆたかに持っている自然のままの人間の、いわばシンボルのような子どもなのです。

これらを整理すると

大人=社会に属し、時間を奪われている

モモ=社会に属さず、時間を奪われていない

 

これを考えると

時間泥棒「灰色の男」の正体は現代社会そのものといえそうです。

 

多忙感に支配されず自分を見失わないために

作中では、多忙感に支配された大人たちは無駄な時間を極度に嫌い、無駄があるとイライラし、我を忘れて仕事をしています。

こんな大人たちに自分を重ねてしまうところがたくさんあります。ではどうすればいいのでしょうか。ただゆっくりと余裕をもって仕事をするというのでは解決にならないですし、第一にそんなことは不可能ですよね…。実際やること多くて無駄なことをしている暇はありませんよね。

自分も仕事ではあまり雑談はしないタイプですが、それ自体悪いこととは思っていません。むしろずっとよく分からないことでワイワイ言って仕事も手についていない人たちにはなりたくないとも思います。

ですので雑談をするにも工夫が必要かと思いました。自分の場合、チームで単純作業をすることがあるのでそのタイミングで積極的にコミュニケーションをとるようにしました。これだと仕事量を減らさず、少しでも職場内の人間関係も機械的でなくなるかと思います。

バタバタとした日々を過ごさざるを得ないこともしばしばですが、自分を見失わないように気を付けたいものです。

 

今日からはTommy (id:mat-tsun)さんにおススメしてもらったマキャベリ君主論』を読んでいます。

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【偉い人ってどんな人?】夏目漱石『こころ』から見る「先生」観

偉い人ってどんな人?

少し前にある子どもに聞かれて考えさせられたことがあります。

「偉い人ってどんな人ですか?」

校長先生!?安倍総理!?孫正義!?

と色々考えましたが、本当にそうでしょうか。確かに上記の三方は立派な方だと思います。しかし、このように偉い人と聞かれてまず出てくるのは「組織の」トップではないでしょうか。そこにその人自身を見る視点を忘れてはいないでしょうか。この時、夏目漱石の教えを思い出しました。以下、この夏目漱石の教えを見ていきましょう。

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先生は「先生」ではない

夏目漱石がしきりに訴えていたことがあります。それは社会の中に師(先生)が不在だということです。

これはこの頃には学校がなかったのか、という話ではありません。むしろ学校があるからこそ「先生」がいないのです。

これはどういうことでしょうか。もともと先生というものは尊敬できる教えを請うべき師匠のような存在でした。しかし今、先生と呼ばれる人は「学校の」先生、「弁護士の」先生、「病院の」先生など制度上の呼称にすぎません。そこには教えを請いたいとか尊敬とかいった感情を含みません。

まさに社会に先生がいない状態なのです。先生は「先生」ではないのです。

現代ノ青年ニ理想ナシ。過去ニ理想ナク、現在ニ理想ナシ。家庭ニアツテハ父母ヲ理想トスル能ハズ。学校ニ在ッテハ教師ヲ理想トスル能ハズ。社会ニアッテハ紳士ヲ理想トスル能ハズ。事実上彼等ハ理想ナキナリ。父母ヲ軽蔑シ、教師ヲ軽蔑シ先輩ヲ軽蔑シ、紳士ヲ軽蔑ス。此等ヲ軽蔑シ得ルハ立派ナコトナリ。但シ軽蔑シ得ル者ニハ自己ニ自己ノ理想ナカルベカラズ。自己ニ何等ノ理想ナクシテ是等ヲ軽蔑スルハ、堕落ナリ。

「断片」、明治三十九年

夏目漱石『こころ』と先生

このような「先生」の思想がよく表れているのが、有名な『こころ』の作品です。高校の教科書にも採用されている名作ですよね。この作品のなかにも先生が登場しますが、まさにこの先生が夏目漱石の思う本物の先生だと思います。この先生は学校の「先生」でも病院の「先生」でもなく、ただただ師としての先生なのです。有名な冒頭にこうあります。

私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。

夏目漱石『こころ』

そしてこの先生は学校の先生ではないというどころではなく、職業は高等遊民。つまり、たっぷりお金を持つ働かない人です。リッチなニート?資産運用家?みたいなものでしようか。とにかく『こころ』には、職業としての「先生」は登場せず、ただ教えを請うべき存在である先生が登場しているのです。

 

「偉い人ってどんな人ですか?」にどう答えたか

この質問をしてきた男の子にはこう答えました。

子:偉い人ってどんな人ですか?

私:うーん。◯◯くんはだれが偉い人だと思う?

子:安倍総理!!

私:そっかー。じゃあ安倍総理がもし総理大臣じゃなかったら「偉い人」だと思う!?

子:うーん…

私:ただの優しそうでゴルフ好きのおっちゃんかもよ。

子:笑

私:総理大臣とか社長とかがないとして、◯◯くんがすごいなと思う人っている?

子:お父さんとお母さんかな。

私:じゃあ◯◯くんにとっての「偉い人」はお父さんやお母さんみたいな人なんじゃない?

 

さいごに

子どもへの回答は良かったかどうかは分かりません。しかし、すごいなと思える人がいるというのは立派なことだと思いました。

果たして私自身の先生は誰なのかということをこの子に考えさせられたように思います。役職など関係なく、心から尊敬できる師匠のような存在の人を見つけ、大切にしていきたいものです。

 

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[参考]

姜尚中『100分de名著  夏目漱石「こころ」』NHK出版、2013年。

 

  

 

【感想求む!】今年中に読みたい6冊

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今年も残すところあと2ヶ月程となりました。今年の読書記録を見返して、今年巡り会えた本を前に満足感を覚えています。

さて皆さんは昔から読もう読もうと思っているけどなかなか読めていない本ってありませんか。私はこれが何冊かあって今年中に一冊でも読もうと思っています。

読んだことがある本があったら、どうだったか是非教えてください。

この6冊読むぞ!

 

 

サイモン・シンフェルマーの最終定理

言葉にしようのない、美しい瞬間でした。

数学界最大の超難問はどうやって解かれたのか?3世紀にわたって苦闘した天才数学者たちの挫折と栄光、証明に至るまでを描く感動の人間ドラマ。

17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが――。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション!

 

川端康成『雪国』

ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから。

雪に埋もれた温泉町で、芸者駒子と出会った島村―― ひとりの男の透徹した意識に映し出される女の美しさを、抒情豊かに描く名作。

親譲りの財産で、きままな生活を送る島村は、雪深い温泉町で芸者駒子と出会う。許婚者の療養費を作るため芸者になったという、駒子の一途な生き方に惹かれながらも、島村はゆきずりの愛以上のつながりを持とうとしない――。冷たいほどにすんだ島村の心の鏡に映される駒子の烈しい情熱を、哀しくも美しく描く。ノーベル賞作家の美質が、完全な開花を見せた不朽の名作。

 

谷崎潤一郎細雪

大阪船場に古いのれんを誇る蒔岡家の四人姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子が織りなす人間模様のなかに、昭和十年代の関西の上流社会の生活のありさまを四季折々に描き込んだ絢爛たる小説絵巻。三女の雪子は姉妹のうちで一番の美人なのだが、縁談がまとまらず、三十をすぎていまだに独身でいる。幸子夫婦は心配して奔走するが、無口な雪子はどの男にも賛成せず、月日がたってゆく。

 

ミヒャエル・エンデ『モモ』

町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。

 

マキアヴェッリ君主論

ルネサンス期イタリアの政治的混乱を辛くも生きたマキアヴェッリ(1469-1527)は外交軍事の実経験と思索のすべてを傾けて,君主たるものが権力をいかに維持・伸長すべきかを説いた.人間と組織に切りこむその犀利な観察と分析は今日なお恐るべき有効性を保っている.カゼッラ版を基に諸本を参照し,厳しい原典批判をへた画期的な新訳.

 

絲山 秋子『逃亡くそたわけ』

「どうしようどうしよう夏が終わってしまう」軽い気持ちの自殺未遂がばれ、入院させられた「あたし」は、退屈な精神病院からの脱走を決意。名古屋出身の「なごやん」を誘い出し、彼のぼろぼろの車での逃亡が始まった。道中、幻聴に悩まされ、なごやんと衝突しながらも、車は福岡から、阿蘇、さらに南へ疾走する。(講談社文庫)

 

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